私は心の中で、何度もこう叫んでいました。
「どうして?」
「みんな行ってるのに」
「このままで大丈夫なの?」
「親として、ちゃんとしなきゃ」
でも今ならわかります。
私を苦しめていたのは、
“学校に行けない現実”そのものではなく
「学校に行くべき」という思考 でした
この思考は、とても強い
社会の常識
親としての責任
将来への不安
世間体
全部が混ざり合って
まるで“正義”のように私を縛っていました
「学校に行くべき」と思っていると
朝になるたびに焦る
布団から出ない我が子に苛立つ
優しくできない自分に自己嫌悪する
思考は、やがて言葉になります
「なんで行けないの?」
「少しだけでも頑張ろう?」
「このままだと困るよ」
その言葉は行動になります
無理に起こす
説得する
比べる
涙ぐむ
それが繰り返されると習慣になり
「追い立てる母」と
「追い詰められる子」
という関係ができあがってしまう
そしてそれは
親子の“未来”をつくっていく
だから私は
現実を変える前に
思考をゆるめることから始めました
今日お伝えしたいのは、
特別なワークでも、難しい理論でもありません
短い一文を、自分に言い聞かせること
おまじないのように
自己暗示のように
その言葉は――
「学校に行っても良いし、行かなくても良い」
これだけです
「行かなくても良い」だけでは足りません
なぜなら私たちは、心の奥でこう思ってしまうから
「本当は行くべきだけど、仕方ないよね」
そこには“あきらめ”と“罪悪感”が残ります
でも
「行っても良いし、行かなくても良い。」
と両方を許すとき
脳は初めて“どちらでもいい”という選択肢を持ちます
白か黒かではない
正しいか間違いかでもない
どちらもOK
この余白が
カチカチに固まった思考をゆるめてくれるのです
誰かに
「大丈夫だよ」
「行かなくてもいいよ」
と言われても
心の中で
「でも…」と反論してしまうこと、ありませんか?
人は、自分の声を一番信じると言われています
だからこそ
自分の口から
何度も何度も
「行っても良いし、行かなくても良い。」
とつぶやく
最初は違和感でいっぱいでもいい
信じられなくてもいい
それでも繰り返すうちに
脳は少しずつ
「あれ?本当にどちらでもいいのかも」
と緊張を解いていきます
学校に行かないことが怖い
でもその奥にあるのは――
・将来お金に困るかもしれない不安
・自立できないかもしれない恐怖
・世間からどう見られるかという焦り
・「母親失格」と思われることへの怯え
私は、ここが一番怖かった
でもね
「行くべき」という思考に縛られたままだと
どんな未来を想像しても不安は消えません
だからまずは
未来をどうにかする前に
“今の思考”をゆるめる
私はずっと、足し算をしていました
もっと頑張らせなきゃ
もっと支えなきゃ
もっと情報を集めなきゃ
もっと正しい方法を探さなきゃ
でも苦しさは増える一方でした
だからやめたんです
足すのを
「学校に行くべき」を
「学校に行ってもいいし、行かなくてもいい」
に変える
たったそれだけで
朝の空気が少し変わりました
子どもの表情が、ほんの少し柔らかく見えました
何より
私の呼吸が深くなりました
今日一日だけでいい
朝、昼、夜
5回でいいから、声に出してみてください。
「学校に行っても良いし、行かなくても良い。」
信じなくていい
前向きにならなくていい
ただ、言う。
思考は、やがて言葉になり
言葉は、やがて行動になり
行動は、やがて習慣になり
習慣は、やがて性格になり
性格は、やがて運命になる
だから今日
あなたの運命を変える最初の一歩は
あなたが自分にかける、その一言です
大丈夫
急がなくていい
「行ってもいいし、行かなくてもいい。」
その余白の中で
親子の未来は、静かに動き始めます
keiko